/ top /

わんぱく主のエスチョン

「津田せんせーってさ、友達とかいるの?」
 果てしなく失礼な質問の主は、たいてい相場が決まっている。
「いないように見えるか」
「うん!」
 ニパッとヒマワリでも咲かせそうな笑顔を浮かべて、藤原は私の背にタックルをしかけてきた。両腕を私の肩にのせて、右から頭をのぞかせる。くしゃくしゃの明るい髪が耳にちくちくあたってこそばゆかった。顔のすぐ隣で、脳天気な声が私の名を呼ぶ。
「津田ちゃんって顔怖いし、頭かたいし、どー考えたって性格キツいし。そんな頑固親父の友達になってくれる人なんているのかなー? って思ってさ」
「いる」
 即座に断言した。
 すりつけてくる頬をあいている手で引っぺがしながら廊下を歩く。すれちがった生徒は私に学生服がくっついているのを見て目を見張るが、そのブレザーが藤原だと知ると胸をなでおろしていた。藤原が私にちょっかいをかけることは日常茶飯事で、もはや校内の常識となっているらしい。
「なんだー。いるんだー。ちぇー」
「何故そんな残念そうな声なんだ」
 藤原はぐったりと体重を乗せてくる。重い。奴の両腕をひきはがすと、ようやく体をどけてくれた。腕をだらんと下にのばし、背中を丸めて横を歩きだす。
 まるでうなだれたコリーをひきつれているようだ。だらしない歩き方なものだから、上ばきがぺったんぺったんと冗漫な音をたてている。
「だってー」
「なんだ」
 口をとがらせて藤原は顔をあげた。上履きの音が止まる。
「津田ちゃんに友達がいなかったら、俺が友達になってあげようと思ったのに」
「……あほか」
 ぶーぶーと言葉になっていな音声でブーイングをあげる藤原に、私は深くため息をついた。
「だいたい、私とお前は教師と生徒だろう。先生は生徒とオトモダチになんてならないものだ。立場というものがあるだろう?」
 立場をわきまえなければ、教育の場はなりたたない。そう諭したつもりだが、きっと伝わらないだろう。ふりかえって藤原を見れば、まだ口をとがらせていた。

「その、立場ってやつを、のりこえたいんだってば」

「なにか言ったか?」
「ううん、なーんにも」
 首をふった藤原は、再び私にタックルをかましてきた。今度の標的は腰。またもヒマワリみたいな笑顔を浮かべるわんぱく坊主に、私は一度、きつーいお灸をすえねばならぬらしい。

「ふ、じ、わ、らぁぁぁぁぁあああ!」

 怒声にまたも通りすがりの生徒が驚いて歩みを止めたが、対象が藤原だとわかると、すぐに歩行を再開しだした。
 私が藤原をどなりつけるのが校内の常識になるのも、そう遠い出来事ではないらしい。

/ top /
*2011.12.17.up*