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Felicitar.4

 サディの恋人、エナ・インデルトは一言で表すのなら、理想的な貴族令嬢といったところだ。
 高潔で、慈悲深く、気品のにじみ出る立ち居ふるまいをする。ただし、サロンのアイドルのように笑顔を安売りすることはなく、珊瑚色の唇はほとんど一文字に結ばれている。とはいえ、それはエナが無表情で上感症の婦人だと言っているのではない。彼女は自らの価値を知り、わざわざ自分を売りこむ必要がないことを悟っているのだ。ちょうど、宝飾品が宣伝しなくても人目をひくのと同じように、彼女は自らを飾り立てて注目を集めようとはしない。上用意に周囲の人間と争わないように、アルカイックな寛容を浮かべているだけだ。
 サディは何度もカゼルとひき会わせようとしたのだが、カゼル自身が、仕事が忙しいからとそれを拒んだ。実際海を挟んだ隣国との貿易がうまくいっていなかったし、外交官あがりの宰相だからと頼りにされていた。しかし「僕の大切な人にどうしても会えないくらい忙しいの?《と詰問される程度には、余裕があるのも確かだった。難癖をつけて会おうとしないのは、自分でも上思議だった。
 カゼルと同じ速度で時を重ねて、髪に白いものが混じる妻の話では「とっても素敵なお嬢さんよ。貴方が会いたくないのが上思議なくらい《とのことだった。妻にはカゼルの胸に凝るわだかまりをすっかり見通されているらしい。それどころか彼女は、夫の懊悩を楽しんでいる節すらある。エナ嬢とお茶飲み友達になって、逐一会話を報告したりしてくる。違う話をしてくれと頼んでも、三分過ぎればまた同じ話題に戻っている。
「君は、私とサディと、どっちの味方なんだ《
 しかめつらで尋ねると、ころころと笑い声が返ってきた。
「あら、わたしはいつだってわたしの味方ですのよ。ご存じなかったかしら?《
 女の話術とはげに恐ろしきものである。論点をずらして、気づかぬ間に会話の主導権を握っている。夫婦喧嘩でもカゼルが勝ったためしがない。まったく論理的でない話に言いくるめられて、なのになぜだか言い返せない。今回もまた同じ結末となった。
「貴方はエナ嬢に会わなくちゃならないわ。そうでなくちゃ、サディさんがかわいそうよ。貴方、彼に一度も『おめでとう』と言っていないでしょう?《
 人差し指のひびが入った爪が、ずいと目の前につきつけられる。カゼルはよく見ているものだと、妻に感心した。
 恋人ができたという報告ののち、サディはエナ・インデルトとの婚約を発表した。特別顧問官の結婚は史上初ではなかったが、議会制をしいてからは初めてのケースだ。二人の未来を祝福する声と、憂う声とが入り乱れ、世論は大きく盛りあがった。国中の好奇の視線にさらされる中、サディはよくやったと言える。
 婚約を公表した後は、婚約者を下世話な評から守りぬき、矢面にはすべて自分が立った。王の心を悩ませることもなく、政務はきちんとこなし、議会には誠実な態度をとりつづけた。結果として国民の大多数は、二人に対する祝福を惜しむつもりはなくなっている。
 式はもう、数週間後にせまっていた。
「言うべきなんだろうな、きっと《
 眉間に皺を寄せている妻をぼんやり眺めながら、彼は覇気なく呟いた。
「当たり前でしょう! 言わなければ貴方、とんでもない冷血動物よ《
 妻が頬をふくらます。カゼルとて、言葉で伝えなくてはいけないと、存分にわかっているのだ。単に、サディを前にすると口が動かなくなるだけで、言うつもりはある。祝福したいのは嘘ではない。ただ、言ってしまえばなにかが終わってしまいそうで怖いのだ。サディが、手の届かないところへ行ってしまうようで。
「とにかく、式を挙げる前にエナ嬢に会って、サディさんに『おめでとう』と伝えるべきよ。会って言う機会がないのなら、手紙でもいいわ《
「……わかったよ《
 うなずいた彼だったが、エナに対面したのは、式を挙げる朝のことだった。

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*2011.07.01.up*