ある日のことです。
 仕事からの帰り道、私は人殺しと出会いました。
 黒い服を返り血でまっ赤に染めて、人殺しはナイフを持ったままぼうっと裏路地に立ちつくしていました。
 人殺しはまだ子供で、やせっぽっちで、学のなさそうな顔をしていました。
 足元の大きな死体は子供の保護者でしょうか? 子供が親を殺すなんて、よくある話です。
 私の住む街はたいして治安が良いところではありません。
 鼻の曲がるような匂いをさせたルンペンは道に溢れていますし、子供の浮浪者も珍しいことではありません。
 けれど、殺人を犯した人間を野放しにしておくほど治世が終ってしまったわけでもありません。
 捕まりたくないのなら、子供はつっ立っているのではなく、そこから逃げださなくてはなりませんでした。
「君は捕まりたいのかい?」
 私は人殺しに話しかけます。子供は光のない瞳で、私を見返しました。
 造作は意外に整っています。
 ブルネットは私の理想とは違いますが、オニキスの瞳とよくあっていました。
「自首をするなら、ここの通りを出て、それから二つ目の角を曲がると交番がある。そこが一番近いはずだよ」
 私は親切心を出して子供に教えてあげました。
 すると子供は、急に電池が入ったおもちゃのようにびくんと肩を震わせました。
 私の目の前から、子供の姿が消えます。
 目を見張ったと同時に、私の腰に鋭いものがつきつけられました。
「残念だけどおっさん、見られたからには消えてもらう」
「成程、子供の殺し屋ですか。よくある話です」
 目撃者の口封じを考えるということは、どこかの雇われ者でしょうか。
 子供の殺し屋というのは案外汎用性が高いものです。
 人格は幼く御しやすく、ターゲットの油断も簡単に買うことができます。
 面倒くさいことになってしまったと思いながら、私は子供に命乞いをしてみることにしました。
「待ってくれないかい? そういう事なら話は別です。私は君のことを警察に言うつもりはありませんよ」
「どうせこの仕事が終わったら、処分されることになってる。……だったら、一人でも多く道連れにしてやる」
 後ろで人殺しが首をふります。若い吐息には、絶望が含まれているようでした。
「使い捨ての殺し屋ですか」
「そうだ。おっさんは運が悪かった」
「仕方がありませんね……」
 私はため息をつきます。子供はそれを、諦めの表れだと思ったのか、ナイフをふりあげました。
 これだから、子供は御しやすいというのです。
 身を翻し、私は懐のスタンガンを取り出しました。
 迫ってくる手からナイフをたたき落とし、スタンガンを子供の脇腹に刺します。
 護身用でしかないので子供を殺すことはできませんが、意識を失わせることは出来ました。
 人殺しはぐったりと地に伏しました。
「……さて、どうしましょうね」
 誰も何も見ていません。私は少し考えて、子供を抱えあげました。
 どうせ処分されるというのなら、私が処分してしまっても構わないでしょう。




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