清潔な状態にした子供に寝巻きを着せて、私はその軽い体を慎重にベッドに横たえました。
 鳥籠の外側から鍵をかけ、私はいつもの場所でうずくまります。
「……失敗でした」
 軽いつもりで吐いたため息は、静かな部屋に重くわだかまりました。
 人殺しの子供は、少女ではなかったのです。
 美しいブルネットと思っていた黒髪も、少年のものだと思うと、消炭のようです。
 瞳は確か、アイスブルーでしたか。私の理想と比較すると、まったく艶が足りません。
「思いつきで行動するものではありませんね」
 もう一度ため息が漏れました。元の場所に戻そうかとも思いましたが、あまり上手いやり方ではないでしょう。
 彼が何らかの組織の消耗品で、処分される予定だ語った通りに処分される予定だったのなら、表舞台に立たない限り――つまり彼が私の鳥籠にいるうちは、組織と関わり合う事はないでしょう。
 鉛筆がなくなったなら、新しい鉛筆を買えばいいだけの話です。
 けれど、私が彼を隠匿したと知れるのは厄介です。
 すぐにとりかえのきく鉛筆でも、盗まれたとわかれば腹が立つのが人情なのですから。
「どうしましょうかねぇ……」
 下を向いてうんうん唸っていると、鳥籠の向こう側から声をかけられた。
 人殺しの子供が、上半身を起して私を見つめています。
「おっさん」
「なんでしょう?」
「あんた、変態だったんだな」
 ……不名誉な称号をいただきました。失礼な話です。
 私は少女を鳥籠で飼いたいだけの、平凡で善良な一般市民です。
 この年齢ですから、そろそろ紳士を名のってもいいでしょう。
 私は彼に、いかに私が常識的で、私の妄想上の少女がいかに魅力的か説明しました。
 ついでに彼が着ている寝巻も本当は少女のために用意しておいたもので、決して私が少年に女装をさせて喜んでいるのではないのだということも言っておきました。
 私が慈しみ崇拝し偏愛するのはあくまで少女なのです。
 この世界が争いや不協和音でかき乱されているのは、少女が足りないからなのです。
 必要十分なだけの少女が溢れれば、世界はすぐに清らかな調和で満たされるでしょう。
 少年は腕組みをして、深くうなずきました。
「ああ、納得した。本物の変態だ」
「君のその発言に、私と君の底知れない断絶を感じます」
 私は変わらない少年に多少苛立ちながら、人差し指で頭をかきました。
 やはり、少年はあのまま処分されるべきだったのです。私は台所に行くために腰をあげました。
 家庭にあるほとんどの凶器は台所にあるものと相場が決まっています。私の家もそうでした。
 背を向けた途端、少年のかぼそい声が私に刺さりました。それは偶然だったのでしょうか。
 おそらくもう一歩でも進んでいれば、私は彼の声を聞き逃していたでしょう。
「おっさんは変態だけど、でも、オレを助けてくれたんだよな?」
「……」
「オレ、死ななくてもいいんだよな? おっさんが、守ってくれるのか?」
 ゆっくりと、私はふりむきます。少年の氷色をした瞳は揺れていました。
 ああ、と私は呟きました。
 私の理想の少女は、決してそんな瞳をしません。
 すがるような、こびるような、くいいるような目で、私を見ません。
 私の少女は、この少年のように、命がけで私を求めてくれないのです。
 喉の奥に、熱い何かがこみあげたような気がしました。
 私はその感情を分析することなく飲みくだして、首を横にふります。
「君には少々、教育が必要なようですね……」
 私は台所に行く足を止めて、鳥籠に向かって指をつきつけます。
「まず、私をおっさんと呼ぶのはやめなさい。
 そして私が変態であるという認識も改めなさい。
 それと、年上に対する礼儀もおいおい覚えておくべきでしょう。
 そして、その鳥籠から出てください」
「オ、オレ、外に出なきゃいけないのか!? っそんな、殺される……。絶対殺されちまう!」
 少年の顔から血の気が引きました。やはり彼の理解力には難があるようです。
「やはりそこは私の理想の少女が住むべき鳥籠です。私にとってそれは譲れません」
「そんな……!」
「ですから君には、私と同じ所で暮らしてもらいます。二度と鳥籠には入らないように」
 それだけ告げて、私は腕を下ろしました。同居人が増えるとなると色々と準備が必要です。
 少年は三度目をぱちくりさせて、それからじわじわと大きな笑顔を浮かべ始めました。
 鳥籠からとびだして、私の腰にタックルするように飛びつきなどします。
「ありがとう! ありがとうおっさん!」
「だから、おっさんはやめなさいと言っています」
 骨盤が悲鳴をあげたような気がしましたが、少年の前で無様な姿は見せたくありません。
 私はつとめて冷静な顔をして、彼の視線の高さに頭を合せました。
「そしてまず、私は君に大切な質問をしよう」
 こんな初歩中の初歩の質問をしなかったのは、どうしてでしょう。
 私は彼の目を覗きこみます。もう揺れていませんでしたが、真摯な視線はそのままでした。
「君の名前は、なんというのですか?」




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